桜も散ったし、藤沢育成会を退職しました。

 
3年半在籍した社会福祉法人藤沢育成会を辞めました。
 
そもそも私の今の生活の起点は、茅ヶ崎で大学生活を送りながら、湘南暮らしがすっかり気に入ってしまったことです。
在学中には福祉の選択肢すら持っていませんでした。
 
今後の私のために、なぜあの時障害福祉の世界に踏みこんだのか?なぜを本当に御恩しかない会社を退職したの?を思い出せるように、この退職エントリーをポートフォリオ的に書いておこうと思います。
 
 
 
大学時代は環境社会学の恩師に出会い、ゼミに入る前からお世話になりながら、英語科教職課程に在籍していました。
取捨選択したり優先順位をつけることが今より更に苦手だった私。
英語を話したい!環境も捨てられない!子どもに関わる教育の勉強もしたい!」という全ての自分のニーズを満たすチョイスとしての文教大学でした。
 
もうこれ以上、自分のことが嫌いになりたくないし、何かを諦めたくない、という気持ちでいっぱい。
まあとにかく「金がねぇ」な現状ではあったけど、なんとか入学して。
姉には、お前なんか生きてるだけで金食い虫とか言われながらも学生生活を送れることになりました。
 
今となっては、日程調整の下手さやマルチタスクの苦手さ、周りとの時間感覚のズレやズバズバしすぎる物言いは私の性格+軽度のADHDからくる特性だと説明をすることができます。
しかし当時は、中学生の時から感じていた、「周りの人はできるのに、私にはできない」ということがますます増えて、ますます周りも見えなくなって苦しい、という状況が煮詰まっていくばかりの大学4年間でした。
 
21歳、大学4年生の夏休み。
第一志望に落ちた後、作文や面接対策でお世話になっていたキャリアカウンセラーに久しぶりに会いました。面談終わりに「あなたは福祉の仕事、好きなんじゃないかな?」と言われたことがきっかけで、藤沢での障害福祉に関わる生活がはじまりました。
 
それまで全く福祉の仕事を考えたことが無かった私は、学生の間に介護職員初任者研修をうける機会をいただき、
 
「福祉って、楽しいかも?」と思いはじめました。
講師の方が「福祉は人の幸せを考えるお仕事なんです」と漢字の成り立ちから説明してくれたのが印象深いです。
そのあとちょっとすったんもんだしてから、前職で放課後等デイサービスの立ち上げに携わったご縁で、サービスセンターぱるに入職しました。22歳の夏でした。
 
入職してすぐのわい 
 
とにかくたくさん勉強する機会を作ってもらいました。
知的障害を抱える利用者さんの地域での生活をたくさん垣間見せてもらいながら働きました。児童も成人以上の方も色んな利用者さんと一緒に歩いたり、走ったり、転がったり、ご飯を食べたり、笑ったりしました。
発達障害、とくに自閉症スペクトラムの利用者さんに関わる視覚的配慮やコミュニケーションツールを用いてのやりとり等、先輩達が築いてきた支援から学ぶことがとてもたくさんありました。
福祉ビギナーの私にとっては恵まれすぎている環境だったと思います。(まじで)
 
知識先行になりがちだったかもしれないけど、
1 相手の気持ちを想像する
2 相手の立場で物事を見る
3 他社の感情と自分の感情は切り離して捉える
4 俯瞰して捉えたら案外答えはシンプルだったりする
この4つを、ヘルパー部署は身体に染み込ませる時間でした。
 
23歳の春に湘南セシリアに異動になり、週に1回の夜勤を含む変則勤務がはじまりました。
利用者さんを中心に「その人らしい生活」を送るための伴走者として、ご本人やご家族と濃厚な時間を過ごさせていただきました。ぱるでは見えていなかった、利用者さんの24時間365日の様子が見える環境です。
自分がケース担当になった利用者さんの日々の心身の健康や余暇に関する業務他、個別支援計画の作成と職員全体での共有とモニタリング、チームで臨んだ事業所創立30周年記念式典の実施等、「今」「ここ」だから取り組めたお仕事がたくさんありました。
人生で初めての夜勤に最初はなかなか苦戦(意識的に昼夜逆転させて体力を維持。勤務終了後は普通の体内時計に戻す)しましたが、美味しい検食をたのしみに勤めました。(セシリアのご飯は本当にとってもおいしいです。自宅での献立に生かすことも多かった)
 
ありがたいことに、許可をいただいて記事として法人HPに残っているものがあるので、紹介。
利用者さん関連で記事で残っているものは以下の通りです。
特技を生かしてビーチクリーンに参加してもらったり
 
お誕生日を好きなように祝ってもらったり
 
事業所全体に関わることでは、広報誌の編集委員をはじめ、防災訓練や事業所内研修に関わる機会もいただきました。
となりの事業所との合同防災訓練とか
 
意見発信や外出などの本人活動に取り組まれている方にゲストスピーカーとして来所してもらっての研修とか
 
ひろーい前庭でさんまと芋をもりもり焼いてみんなで食べたりとか
 
一緒に働きたいと心から思う同期や先輩後輩、未熟な自分にも対等に接してくれて優しくフォローしてくれる職員のみなさん、看護師さんや管理栄養士さん、なによりも全力サポートしてくれる上司のおかげで、チームで支援に関わるとはどういうことかをあらゆる場面から学ばせていただいたように思います。
 
典型的な猪突猛進型かつ、とにかく優先順位をつけてもすぐ忘れてとっちらかってしまう私ですが、なんとか26歳の春を迎えました。
個人的な身辺の変化では、結婚やら家族の引っ越しやら、パートナーの心身の変化(一番はこれ。1年で20キロの増量があり、見ていられなかった)があり、私たちも引っ越しをして都内に移り住む選択をしました。
引っ越しに伴う退職で、まだまだここで働きたい、勉強したい、という後ろ髪惹かれる思いもありますが、今はひたすら家族の健康を願って動いています。
自分自身も引き続き「なりたい自分になる」ために仕事を続けていくし、障害福祉に関わっていけたらいいなーと思っています。
茅ヶ崎・藤沢でお世話になったみなさまへの数限り無い感謝を胸に、今後も楽しく私らしく暮らしていきます。
 
流されるだけ流されて、自分のこともうまく決められない、そして何事にも集中力の続かない、熱中することができない私が、「たのしいな」と思ってお仕事をし続けていける場所に出会えて本当に幸せです。
 
ありがとうございました。